リュミエールの視点

リュミエールの視点(暫定版)


 その少女のことは,よく覚えていた.
 センセイが主催するクリスマスパーティで
毎年,顔を合わせていた少女だ.比較的年齢
層の高いパーティだったから,私と妹はたい
ていすみの方で黙々と料理を食べていたのだ
けれど,そうするとあの子が臆病なのに好奇
心の旺盛な猫のように,びくりびくりと距離
を詰めてくるのだ.
 もちろん私も妹も,あの子のことは気に
入っていた,生真面目な少女だ,というのが

私たちの共通した見解だった.
 生真面目というのは,あまりほめ言葉とし
ては使われないけれど,彼女になら大抵の人
は愛着を持つだろう.いつだって,何事にだっ
て一所懸命で,真摯な少女だ.そのくせ我儘
ではなかった.相手を傷つけることをひどく
怖れているようだった.それが言葉の節々か
ら感じ取れた.なにかしていると思わず応援
して,うまくいくと拍手を贈りたくなるよう
な少女だった.

 ある年の,クリスマスパーティ直前の日曜
日に,私と妹は街中でその少女をみつけた.
私たちと彼女は,ご近所というほどでもない
けれど,そう離れていない場所に住んでいた.
聞けば彼女は,男の子への贈り物を探して
いるそうだった.
「去年,すごいプレゼントをもらったから,
そのお返しをしたいんです」
 と少女は言った.
 もう何週間も前からずっとプレゼントを探

しているけれど,なかなか決められないよう
だ.「これだ」と思ったものは高すぎて彼女
には購入できず,でも代わりに安いものを贈
るのも嫌で,いろいろな店をみて回っている
うちに底なし沼に沈んでいくように深く暗い
優柔不断の中に閉ざされてしまった.どうや
らそういうことらしい.
 私たちはちょうど,お茶をしましょうかと
話していたから,少女を連れて喫茶店に入っ
た.彼女はずいぶん恐縮しているようで,注
文もなかなか決められないでいた.
「そういうのってだいたい,ぱっと思いつい
たものが正解なのよ」
 と妹が言った.
 オーダーの話かと思ったけれど,違う.プ
レゼント選びのアドバイスらしい.
 私は正直,プレゼントなんてものは誰から
貰うのかが重要なのであって内容なんてもの
はなんでもいいと思っていたから,妹の意見
に乗っておく.

「そうね.彼にいちばん似合いそうなものは
なに?」
 意外に迷わず,少女は答えた.
「ヒーローバッヂ,です」
「ヒーローバッヂ?」
 思わず反復する.
 なんだ,それは.そんなものどこに売って
いるんだ.
 少女は顔を赤くしてうつむく.
「いえ,なんでもないです.よくわからない
ですよね,なんだか子供っぽいし」
 やっぱり似合わないかも,と彼女はいう.
 私は彼女がプレゼントを贈ろうとしている
相手を知っていた.その子も毎年,パーティ
に参加していたのだ.
 子供っぽいものが似合わない子には,あま
り見えなかった.年相応の小学生だったよう
に思う.私は彼と話したことがないから,内
面まではわからないけど.
「いいと思うわよ,ヒーローバッヂ」

 と私は言う.
 この子のが必死に用意したプレゼントなら,
妙に高価なものやセンスの良いものよりも,
ヒーローバッヂなんて子供っぽくて馬鹿げた
ものの方が似合う気がしたのだ.悪い意味で
はなくて,純粋に.少女から少年にヒーロー
の証が贈られるなんて,それだけで美談じゃ
ないかと思った.
「そんなのどこに売ってるの?」
 と妹は言う.
「なければ作ればいいでしょう」
 と私は答えた.
 それから私は,知人に電話を一本かけた.
 --欲しいものがあるの.今日中に,でき
たら一時間以内に.少女の初恋のためよ.な
んだってやろうって気になるでしょう?
 相手の快諾を得て,私は通話を切る.
 それから,時間を潰すために,彼女に尋ねた.
「さあ,どんなバッヂにしましょうか?」

       ※

 あれこれと悩む少女をからかいながら時間
を潰して,ようやく「これだ!」というバッ
ヂのデザインが決まったところで,私たちは
喫茶店を出た.
 電話の相手との,待ち合わせ場所に向かわ
なければならない.
 私たちは何度か電車を乗り継いで,代官山
に移動した.
 待ち合わせ場所は,駅のほど近くにある落
ち着いたカフェだ.そこで出てくる,ある動
物をモチーフにしたモナカに一目ぼれして,
彼女に会うときにはいつもこのカフェを使う
ことにしている.メニューが豊富でお弁当の
テイクアウトなんかもできるお店で,彼女は
よくランチに利用するそうだ.
 いつかあのお店で食事してみたいなと常々
思っているのだけど,まだ実現していない.

  • 最終更新:2014-08-24 16:29:30

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