ファーブルの視点

ファーブルの視点


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 ほんの一瞬、気が付かなければよかった、
と感じたことは事実です。もちろん私にとっ
て彼女は敵ではありません。良き友でありた
いと、常日頃から考えております。あちらが
どう思っているのかは知りませんが。
 正直なところ彼女からは稀に敵意のような
ものを感じます。であればやはり人として、
顔をあわせることに多少の抵抗があったとし
てもそれは仕方がないことだと思うのです。
秋葉原駅を出ようとしたとき、通路の向こ

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うから歩いてくるのは、見目麗しい――と表
現すること自体にはなんの抵抗もない――ひ
とりの女性でした。彼女は我らが聖夜協会で
は、ノイマンと呼ばれております。
 私はにっこりとほほ笑んで、彼女に声をか
けました。
「これはこれはノイマン、奇遇ですね。おは
ようございます」
 彼女はあからさまに顔をしかめて、さも
嫌々といった様子で、小さな会釈を返してき

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ました。
 これはいけません。澄み切った朝の空気に
は似つかわしくない、素気のない態度だと私
には感じられました。
 通り過ぎていこうとする彼女に、私は声を
かけました。
「どこにいかれるのですか?」
 彼女はさも嫌々といった様子で答えます。
「ドン・キホーテに」
「ほう。ドン・キホーテ?」

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「ディスカウントストアの」
「それは存じ上げておりますよ。こんな時間
に一体どうして?」
 彼女は小さなため息をついた。
「紙ふぶきが欲しいんですよ。あと、あれば
ドミノ」
「貴方には似つかわしくないものですね」
「どうしようもない事情があって」
「その事情というのを、よろしければ教えて
いただけますか?」

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 彼女がしつこいわねと呟いたような気がし
ましたが、おそらくは空耳でしょう。
「センセイから依頼があった、極秘映像に必
要なものです」
「ああ――」
 なるほど、なるほど。
「一体それは、どのような映像なのでしょう
か?」
「極秘だと言っているでしょう」
「ええ、もちろんですとも。とはいえ――」

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 私はつい余裕の笑みを浮かべてしまいまし
た。
「その映像は私が受け取ることになってお
ります。懇親会を欠席される貴女に代わって
ですよ。私にまで秘密ということはないで
しょう」
「ええ。指示にあった通り、二四日中にはお
送りいたしますよ。ま、子供だましのつまら
ないものです」
「センセイからの指示をつまらないと言っ

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てしまうのは感心しませんね」
「センセイの指示に従わないのも。極秘は極
秘です」
 では、と告げて彼女は、歩き出してしまい
ました。
 それにしても――紙吹雪? いったい、ど
んな動画を作るつもりなのでしょう。
 センセイが主催される懇親会にふさわしい
ものになっているとよいのですが。正直なと
ころ、不安は残ります。

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       ※

 さて目的の書店に辿り着いた私は、活気の
ある店内を進みます。ここになんらかの、セ
ンセイへとつながる手がかりがある――そう
私は確信しておりました。
 ですから、一階、二階……と調査が空振り
に終わっても、不安はありませんでした。そ
れはセンセイと会話を交わしているような安

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らかな時間でした。
 ついにそれがみつかったのは、八階に到達
したときでした。その階の、おそらく今は使
われていないレジカウンターに、まるで私に
みつけられるのを待ちわびていたように、一
枚のメモ用紙が乗っておりました。
 そこにはどこか温かみのある字で、こう記
載されておりました。

 キーのひとつは太陽が照らす文字にある。

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 双子の差が重要だ。

 もちろんその真意はわかりません。
 ですがなんとも優美な謎の香りがするセン
テンスではありませんか。
 これは、センセイが私のために残したもの
に違いない!
 そう確信して私は、そのメモ用紙を丁寧に
手帳に挟み、持ち帰ることにいたしました。

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 キーのひとつは太陽が照らす文字にある。
 双子の差が重要だ。
      

  • 最終更新:2014-12-23 14:05:06

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