ニールの視点

ニールの視点


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 電話に向かってとりあえずどなる。
「どうしてオレが熊本なんだよ!」
 向こうから聞こえてきたのは苦笑だった。
「オレが割り振ったわけじゃない。センセイ
がしたことだ。仕方ないだろ?」
「そもそもどうしてオレが本屋なんかにい
かなくちゃならない? 使いっ走りなんかそ
のへんの馬鹿にやらしておけばいいだろ」
「ごちゃごちゃともめたくないんだよ。セン
セイの帰還で、タイミングはイヴだ。誰だっ

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て浮足立つさ。とりあえず招待状が届いた奴
を向かわせるのが、いちばん問題がない」
「もめたい奴らはもめりゃいい」
「そういうなよ。もうすぐクリスマスだ」
「いつからキリスト教徒になった?」
「うちにとってもクリスマスは特別だろ?」
「いつの間にかずいぶん協会員らしくなっ
たじゃないか、ドイル」
「その呼び方は嫌味か?」
「はっ。お前にそう聞こえたならそうなんだ

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ろうさ」
 九州は嫌いだ。
 南の方ならなおさらだ。
 どうして鹿児島本線なんてふざけた名前の
路線で移動しなくちゃいけない? まったく
空が晴れているのさえ嫌になる。
 八千代はいつものように鼻に付く笑い声を/「付」は、「着」が二本線で消されて修正されているもの
上げる。
「ついでに、実家に顔を出してこいよ。そろ
そろ親父と仲直りしろって、センセイも考え

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てるんだろ」
「うるせぇ。いいか? あのバカは自分の価
値観だけで生きてきたんだよ。そういう生き
方しかできない奴と、気が合わなかったなら
距離を取るのが当然なんだ。血が繋がってい
ようが例外じゃない」
「ああ。話を聞く限りじゃ、お前によく似た
親父さんみたいだ」
「どこがだ? 真逆だよ」
「真逆ってのはだいたいが似ているもんさ。

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まったく違うと反対にもなれない」
「オレにわかった風な口をきくんじゃねぇ」
 初めて八千代に会ったのがいつだろうが
知ったことじゃないが、なんにせよもうずい
ぶん前のことだ。互いに高校生だったか、高
校を卒業したあとか。まあだいたいその辺り
だった。
 会ったのは聖夜協会関係のなにか――あい
つはオレをニールと呼び、オレはあいつを
八千代と呼んでいるから、きっとそうなんだ

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ろう。あの馬鹿がドイルなんて名前を継いだ
のはほんの数か月前のことだった。
 八千代は気に入らない奴だが、気に入らな
い奴らの中じゃまだましだ。小器用ぶった連
中の中では不器用に生きていて、小賢しい連
中の中じゃ馬鹿なことができる。そんな印象
だった。
「お前、今どの辺りだ?」
「駅と本屋のあいだだよ」
「あとどれくらいで着く?」

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「知らねぇよ。道に訊け」
「道が答えるかよ。グーグルマップに訊いて
みろ」
「オレにちまちまフリック入力しろっての
か?」
「入力方式までは知らねぇよ」
「別にいいだろ、そのうち着く」
 寒いとつい前屈気味の姿勢になる。オレは
片手をポケットに突っこんで、もう片方の手
でスマートフォンを握って、できるだけ大き

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な歩幅で歩く。すでに駅を出てからずいぶん
歩いていた。あれは本当に最寄り駅だったの
か? これだから田舎は嫌なんだ。
「そういやさっき、ベートーヴェンと話した
ぜ」
「ベートーヴェン?」
 協会員だろうが、聞き覚えがない。
「新人の。ほら、アルベルトの紹介でいきな
りセンセイの招待状が届いたって話題になっ
てるだろ」

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「ああ、思い出した。どうでもいい」
「とはいえアルベルトは気になる。お前、
会ったことは?」
「ずいぶん前に一度か二度」
「どんな印象だった?」
「覚えてねぇよ。興味ねぇ」
「ベートーヴェンは、よほどの役者じゃなけ
りゃ、なんにも知らない。そんな奴を送り込
んで、アルベルトになんの利点がある?」
「なんにも知らない馬鹿がいちばん使いや

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すい場面だってあるさ」
「たとえば?」
「雑用だろ。裏にややこしい理由がある奴。
嘘の演説を上手くさせたけりゃ、それが嘘
だって知らない奴にさせればいい」
「それ、だれの言葉だ?」
「オレだよ。引用は嫌いだ」
「私は引用が嫌いだ。君の知っていることを
話してくれ」
「なんだよそれ?」

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「どっかの哲学者の引用だよ」
 はっ、とオレは笑う。趣味の悪いことをい
う。
 前方にようやく、目的の本屋がみえた。
「着いた。切るぞ」
 本屋で電話をしている奴は嫌いだ。そのま
ま狭い通路を歩いている奴は最悪だ。その場
所にはその場所のマナーがある。
「ああ。なにかみつけたら教えてくれ」
 八千代は電話の向こうでそう答えて、それ

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から電話を切った。

       ※

 で、いったいオレに、ここでなにをみつけ
ろってんだ?
 目的の書店は、有名なレンタルショップ
だった。オレは本よりは映画の方が好きだ。
まあまあレベルのぬるい映画を二倍速でみ
るのがいちばんいい。アクション、ミステ
リ、SF、アニメ――その辺りの棚に向かい
たかったが、こんなところでレンタルして東
京まで持って帰るのは馬鹿げている。手荷物
があるとすぐゴミ箱につっこみたくなる性質
だ。
 オレはふらふらと店内を歩き、惰性で読ん
でいる漫画の新刊が出ていたのでレジに持っ
ていく。
 会計をしていると、カウンターの脇に小さ
なメモが張りついているのをみつけた。

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 鏡に映った左右の少女。
 ぴったり形を重ねたときに、合わない所に
キーがある。

「おい、なんだこりゃ」
 指さしてオレは店員に尋ねる。
 だが店員もよく知らないようで、まともな
答えは返ってこなかった。
「これ、もらうぜ」

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 オレはメモをはがしていく。店員がなにか
言っていたが、知ったことじゃない。
 オレはそのまま本屋を出る。
 と、また八千代から電話があった。
「なにかみつかったか?」
「漫画の新刊があった」
「そりゃよかった」
「じゃあな」
 メモのことを思い出したが、話題には出さ
なかった。寒くてスマートフォンをにぎって

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いるのが、いい加減嫌になってきたのだ。









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 鏡に映った左右の少女。
 ぴったり形を重ねたときに、合わない所にキーがある。


  • 最終更新:2014-12-23 13:02:01

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